日本さくら名所100選の鶴山公園の楽しみ方
鶴山公園は桜の時期に訪れるのが一番です。
ボランティアの人に案内してもらって楽しみました。
「さくらまつり」期間はチケット売り場でチケット購入後、表門を抜けると右手にボランティアガイド待機場所があります。
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鶴山公園は、津山城跡なのです。
津山城跡の楽しみ方|城好きはもちろんそうでなくても
江戸時代に鶴山の地に森忠政氏は築いた城です。
津山はかつて出雲街道(姫路から出雲大社)の要所でもあり栄えた街で津山城がありました。
津山の津?なぜ海の近くでないのに津?
津には船着き場という意味もあるようです。
津山城の近くを運搬のため吉井川が流れているため、船着き場がたくさんあったらしいです。
吉井川を下って西大寺へ向かいそこから香川の金毘羅山参りをされるほど、川は交通手段の一つだったとボランティアさんよりお聞きしました。
なんと当時の石垣がたくさん残っていて素晴らしい
城好きの方で、石垣好きの方も多いのでは?
石垣好きにはたまらないかもしれません。
津山城は明治の廃城令にて解体されましたが、石垣だけはそのまま鶴山公園として今の様子を残しています。
復元された備中櫓は是非ゆっくり見てください
築城400年記念で復元されたようです。
料金は無料で靴を脱いでの見学です。
中は畳じきでとても興味深いところでした。
津山は美作の国、備中のは岡山県の南西部・つまり現在の総社市・倉敷市より西部を表します。
?備中?と不思議に思われた方。
なぜ備中櫓と言われるか?
森忠政公のご長女の嫁ぎ先の池田備中守長幸さまが鳥取から来られた時ように用意されたと言われているそうです。(観光ボランティアガイドさんより)
さぞ津山城天守台からの景色は壮大だったのでは?
元々鶴山という山に城を築いている上、5階建の津山城の天守台最上階から津山の街の眺望は最高だったと思います。
地上5階建の城は、徳川幕府から禁じたれたため、急遽屋根を4階にしたため、とても珍しい城のようでした。地下も1階。
写真は明治初期、外国の人が撮影したもののようです。
長局とは
藩主森忠政公の女房の住居で一部屋ずつ仕切った部屋だったようです。とても景色の良居場所に構えていたため、藩主森忠政公は女房たちをたいせつにしていたと言われているそうです。
鶴山公園のお手洗い
最近、お出かけ先でのお手洗いが気になります。
子どもさんは、和式ではできない人も多いようです。
また、あまりにも衛生的で無いとことは気が進みません。
鶴山公園はとてもきれいで、適当な場所にありました。
鶴山公園のある津山市は
現在の岡山県は、昔の備前・備中・美作の3国から成り立っています。
岡山県民は、県の北部を県北・南部を県南と呼び、一つの県でも気候が違います。
鶴山公園のある津山市は県の北部にあります。
美作の国の津山は出雲街道の要所でした。
昔、京都から西国街道で姫路まで来て、姫路から出雲街道を通って出雲大社を目指していました。
当時の要所だったため、物流も川を使って発達し、宿場町だったようです。
まとめ
・鶴山公園の桜はみごとである
・鶴山公園は津山城跡で石垣がみごと
・復元された備中櫓はみごと
ぜひなんとか津山城の復元を期待しています。